最高裁判所大法廷 昭和29年(オ)412号 判決 1954年10月20日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人訴訟代理人弁護士坂千秋、同渡辺泰敏の上告理由は末尾添付のとおりである。
上告理由第一点について。
論旨は、原判決は、公職選挙法九条及び二〇条に規定する「住所」の解釈を誤つた違法があるというのである。
およそ法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をなすべき特段の事由のない限り、その住所とは各人の生活の本拠を指すものと解するを相当とする。
本訴の争点は、被上告人等四七名が昭和二八年九月一五日現在において、その日まで引続き三箇月以来渡里村の区域内に住所を有していたかどうかの一点にあるのである。そこで原判決が確定した事実によれば、同人等は茨城大学の学生であつて、渡里村内にある同大学附属星嶺寮にて起臥し、いずれも実家等からの距離が遠く通学が不可能ないし困難なため、多数の応募学生のうちから厳選のうえ入寮を許され、最も長期の者は四年間最も短期の者でも一年間在寮の予定の下に右寮に居住し本件名簿調製期日までに最も長期の者は約三年、最も短期の者でも五ケ月間を経過しており、休暇に際してはその全期間またはその一部を郷里またはそれ以外の親戚の許に帰省するけれども、配偶者があるわけでもなく、又管理すべき財産を持つているわけでもないので、従つて休暇以外は、しばしば実家に帰る必要もなく又その事実もなく、主食の配給も特別の場合を除いては渡里村で受けており、住民登録法による登録も、本件名簿調製期日には橋本嘉吉外五名を除いては同村においてなされていたものであり、右六名も原判決判示のような事情で登録されていなかつたに過ぎないものというのである。以上のような原判決の認定事実に基けば、被上告人等の生活の本拠は、いずれも、本件名簿調製期日まで三箇月間は渡里村内星嶺寮にあつたものと解すべく、一時的に同所に滞在または現在していた者ということはできないのである。従つて原判決が被上告人等は本件渡里村基本選挙人名簿に登録されるべきものとし、これに反する上告人委員会のした決定を取り消したのは正当であるといわなければならない。
論旨は、国会議員の選挙権と普通地方公共団体の議会の議員及びその長の選挙権とは、その本質において前者は単に成年以上の国民であれば足るのに反し(公職選挙法九条一項)、後者は右の外に当該地方公共団体の人的構成員たることの要件、即ち住所要件を具備することを必要とする(地方自治法一〇条、一一条、一八条及び公職選挙法九条二項)、しかるに公職選挙法は右両者の選挙人を一の選挙人名簿によることとしたため前者についても住所地をもつて選挙権行使の地とするに至つたのである(公職選挙法一九条)、しかるに原判決は公職選挙法上の住所(即ち国会議員の選挙の場合の住所)のみを考慮し、地方自治法上の住所(即ち地方公共団体の選挙の場合の住所)について考慮をしていないと非難する。しかしながら前示のような事実関係のもとにおいては、被上告人等は、日常渡里村内星嶺寮を本拠として生活しているのであつて、これを同村の住民と解することに少しも支障はないのである。郷里またはその他の入寮前の居住地こそ、入寮後の日常生活においては直接に関係がないのであつて、特段の事情のない限り、それらの土地になお生活の本拠があると認定することこそ却つて失当であるというべきである。また、公職選挙法二七〇条二項は、病院その他の療養施設に入院加療中の者に対してはその場所に住所があるものと推定してはならない旨を規定しているけれども、学生と入院加療中の者とではその原居住地への復帰の蓋然性その他日常の生活の態様を異にし、右二七〇条二項をもつて学生の場合を律することはできないものといわなければならない。何れにせよ同条項は療養者にのみ適用ある規定であるから、在寮学生を療養者と同一視しなかつたことだけは明らかであるのである。論旨はまた、原判決が学資の出所如何は住所の認定に無関係である旨判示しているのは失当であると非難する。しかし論旨摘録の原判示は、学資の出所のみによつて住所の認定が左右されるべきわけのものではないとの判旨であつて、学資の出所如何は住所の認定上全然無関係であるとした趣旨とは解されないから、論旨の非難は当らない。
上告理由第二点について。
論旨は、原審は審理を尽さずして住所を認定し、またその理由において不備があり且つ判断遺脱の違法があるというのである。しかし、原判決は当事者の主張及び立証に基づき且つ所論すべての点をも考慮に入れたうえ、被上告人等の住所が渡里村にありと認定判断したものであることは、一件記録に徴し十分肯認できるのである。そしてもし右修学地以外の場所に生活の本拠ありとすべき特別の事実が存在する場合においては、かかる事実の存在を主張する当事者において主張立証すべき事項であつて、その主張立証のない以上、原判決に所論の各違法ありとはいい得ない。
以上のとおり、原判決はその理由において以上説明と多少異るところがあるけれども結論は結局正当に帰し、本件上告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)